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DATE : 2019/09/23 (Mon)

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DATE : 2004/09/18 (Sat)

親友の誕生日のお祝いを兼ねて女二人で日光~奥鬼怒の旅(→旅程←)に行くことにしました。宿は奥鬼怒温泉郷の八丁の湯です。

相変わらずのお気楽さで、「週末にどこかに行こう!」とは決めてはいたものの前日に宿を探している始末。以前、知り合いから「露天風呂から滝が見えるロマンティックな宿」として聞いた“八丁の湯”を思い出しました。ログハウスより本館のほうが趣があると聞いていました。早速、問い合わせてみた所、運良く空室があるということで本館に予約をとることができました。

日光で観光を楽しんでから奥鬼怒温泉郷にある八丁湯へ向かいます。中禅寺湖から山王林道を通って村営駐車場のある女夫淵へ向かいます。この林道は、とてもくねくねしていて酔っちゃいそうでした。たいした距離では無いのに一時間近くもかかりました。一般車は女夫淵までしか通行できません。この村営駐車場(無料)に車を停め、宿のマイクロバスで宿へ向かいます。緑が生い茂る山道を進むこと20分、宿に到着しました。年代を感じさせる本館は趣がある外観、新館のログハウスもなかなかカワイイです。目の前に川が流れ、なかなか良い雰囲気の宿です。

今回は本館に宿泊(二食付¥9,600/人)です。部屋は二人で使うには十分の広さでしたが、北向きで暗く、ちょっと埃(タバコ?)臭かったです。予約時、本館の最後の一部屋と言う事だったので、いつも一番最後に使うような部屋だったのかもしれません。テレビもありましたが画面下部の色が変でした。ログハウスのほうがキレイそうでした。ログハウスにしとけば良かったかな。残念。

食事まで時間があったので周りを散歩してみました。宿のマイクロバスで宿に向かう途中でみた加仁湯まで歩いて引き返しました。後からわかった事ですが、この加仁湯さんはパック旅行の宿になっているようで、パンフなどでよくみます。女夫淵から歩いて宿に来ている方も沢山いらっしゃいました。荷物だけ運んでもらって歩いて行くのも良さそうです。

食事は当然、山の幸主流です。食器がプラスチックで、大部屋で大勢でがやがやしながら頂く感じの食事でした。本館では洗面所・トイレは共同でお湯はありませんでした。山小屋に泊まったことは無いのですが、おそらくこんな感じなのではないかなと思いました。お風呂は内風呂が男女各一箇所。露天風呂は女性用一箇所、混浴が4箇所でした。シャワーは無く、お湯もでません。タオル類は持参するよう予約時に案内がありました。温泉は柔らかい湯でとてもよかったです。肌がつるつるして、嬉しくなりました。露天風呂から滝が楽しめるのですが、一番滝に近いお風呂や滝つぼが見下ろせるお風呂は混浴でした。やはり躊躇してしまい、なかなか入れませんでした。夜、誰もいなくなった時を見計らって入ってきましたが、滝を照らす電気がおとされてしまっていて何も見えませんでした。夜中まで粘ったのに、とても残念です。とても眠かったです。

翌朝のチェックアウトは9:00なので朝から大忙しでした。7時半頃起きだして、とりあえず朝風呂に入りました。その後、朝食。8時過ぎだったのですが、皆さん山歩きやハイクなどで早々とご出発なのか殆ど朝食を終えられていたようで食堂はガラガラでした。全体的に宿は山歩き用の温泉宿という感じなので話に聞いていたようなロマンチックな宿ではありませんでした。でも、温泉は良かったです。機会があれば又いってもいいかなという感じです。

時間通りにチェックアウトし、宿のマイクロバスで宿を後にしました。


八丁湯
住所: 〒321-2717 栃木県日光市川俣876
TEL:  0288-96-0306/0155
FAX:  0288-96-0888
URL: 八丁湯ホームページ
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DATE : 2004/09/18 (Sat)

日光~奥鬼怒の旅(→旅程←)は明智平展望台を後にして戦場ヶ原に向かいます。今まで一度も行ったことが無かったので今回こそはと思って訪れたのですが、緑という訳でもなく、紅葉も未だの寂しげな湿原。一番中途半端な季節にきちゃったのかもです。

戦場ヶ原を眺めながら、戦場ヶ原の由来って何だろう?という話をしていました。勘違いをしていて関ヶ原の戦いと関係しているのかと思いこんでいたのですが、全く違ってました。栃木県の『とちぎ発見!』というホームページにこうありました。知らなかったなぁ。
昔、男体山の神と赤城山の神が、美しい中禅寺湖を自分の領土にしようと、大蛇と大ムカデに姿を変え、激しい争奪戦を繰りひろげた。しかし、なかなか決着 がつかない戦いに業を煮やした男体山の神は、弓の名人である自分の子孫・猿麻呂に大ムカデの目を射抜かせ、ついにこれを討ち負かした。この戦いが繰りひろ げられた広野原が、現在の戦場ヶ原なのだと伝えられている。

湿原の環境維持の為なのかトイレが汲み取り式で、あまり綺麗ではなかっ たのが堪えました。戦場ヶ原に来る前にトイレを済ませる事をおすすめします。


戦場ヶ原 (湿原)
〒 321-1661 栃木県日光市中宮祠

(社)日光観光協会
〒321-1404 栃木県日光市御幸町591日光郷土センター内
電話:0288-54-2496 
FAX:0288-54-2495
日光観光協会URL
DATE : 2004/09/18 (Sat)

日光~奥鬼怒温泉の旅(→旅程←)、先ずは『カフェ・フルール』でおやつです。

当日は三連休初日。先ず親友と合流し、別途ツアーで青森へ行く家族を集合の大宮駅へ送りつ、東北道・久喜ICから日光宇都宮道路日光ICへ。途中何度か渋滞になりかけましたが出発が早かった事もあり10時には到着しました。

たまたま日光ICで降りてしまったので、親友の知り合いが日光を訪れた際は必ず買って帰るという美味しいチーズケーキのお店を探すことにしました。駅近くのお店ということだけで、場所も名前も曖昧だったのですが、まさに東武日光駅前(ロータリーをはさんで駅の向い側)というロケーションに『カフェ・フルール』という喫茶店を発見。確かこんな名前だったという事で10時のおやつに入ってみました。駐車場は無さそうな感じだったので、近くの駐車場に車をめて行きました。

早速、チーズ・ケーキ・セット(コーヒー/紅茶付 ¥750)を頼んでみました。このお店で当たってました。甘すぎず、さっぱりした感じのチーズケーキで、ヨーグルト風味のように感じました。美味しかったですが、私的には機会があれば又行ってもいいかなくらいの感じです。

店内は明るく小綺麗で落ち着いた洋風の喫茶店。駅前のロケーションもありお客さんは観光客風の女性二人組みやカップル、もちろん地元の方風なお一人様もいらっしゃいました。気軽に入れる雰囲気です。


又、ペンションアンフルールinnというペンションの直営店のようで、ペンションにお泊りの方がカフェで荷物のチェックインをしたり出来るようです。

10時のおやつを終えてお店を出ると、丁度駅前で「よさこい」のイベントをしていたので数曲見学し出発しました。 
カフェフルール [ 喫茶、コーヒーショップ ] - Yahoo!グルメ


カフェ・フルール
住所: 〒321-1406 栃木県日光市松原12-1(東武日光駅前)
TEL: 0288-54-3113
営業時間: 9時~17時
参考URL: 食べログ.com

DATE : 2004/09/18 (Sat)

奥鬼怒温泉・日光の旅(→旅程←)は、華厳の滝から中禅寺湖へ向かいました。親友お勧めののモーターボートに乗ってみる事にしました。モーターボート観光のお値段 は一台いくらで、人数が多ければ安くできるようです。人がまばらだったこの日、暇だったせいか、二人連れだったので気をきかせてくれたのか、安くして頂いたので中禅寺湖の島上野島~八丁出島~イタリア大使館旧別荘~中禅寺をまわるBコース(¥5000/台 *通常は¥6000だったと思います。)を楽しみました。モーターボートは運転席の前に2~3人座れるタイプで、今回はそちらに座らせてもらえました。風をきって豪快に進むモーターボートは遊園地みたいで、とても楽しかったです。大満足 かなりお勧めです。

周囲約25キロ、最大水深163メートルの中禅寺湖は、日光を代表する湖である。水面の海抜高度1269メートルは、日本一の高さを誇る(ただし、人工湖を除く面積4平方キロ以上の湖のなかで)。約2万年もの昔、男体山-なんたいさん-の噴火による溶岩で渓谷がせき止められ、原形ができたといわれる。
発見されたのは天応-てんおう-2(782)年。日光開山の祖、勝道上人-しょうどうしょうにん-が男体山の登頂に成功したとき、山の上から湖の存在を見つけた。2年後には勝道上人一行が、湖畔に堂を造り神宮寺-じんぐうじ-が建立-こんりゅう-された。以来、山岳信仰の修験者たちが訪れ、船禅頂-ふなぜんじょう-(湖に船を浮かべて読誦-どしょう-し湖畔-こはん-の社堂を巡る)もおこなわれるようになった。そして中世から近世にかけては修験道が隆盛し、男体禅頂-なんたいぜんじょう-も盛んに繰り返された。
しかし豊臣秀吉の日光山領没収によって、日光は一時衰微する。再び活性化されるのは、天海大僧正-てんかいだいそうじょう-の来晃-らいこう-(晃=日光の略)と東照宮造替の後だ。寛保-かんぽう-元(1741)年に行人-ぎょうにん-(禅頂をする人)利用のための茶屋の営業が許可され、文化元 (1804)年には湖畔に六軒茶屋ができた。ただし、このころは人が住んでいたのは春から秋まで、冬には下山していた。
大きな変革が訪れるのは、明治5(1872)年に女人牛馬禁制-にょにんぎゅうばきんせい-が解かれてからである。さっそく女性が、中禅寺湖畔や男体山へと登った。明治に入るまで女性がいなかったため、中禅寺で出産が初めて記録されているのは、じつに明治17(1884)年だった。この間、明治9 (1876)年に明治天皇が来晃され、中禅寺湖を“幸の湖-さちのうみ-”と名づけている。
来訪者も飛躍的に増えてきたが、中禅寺湖周辺をリゾート地として育てていったのは外国人である。欧米各国の外交官たちが避暑に訪れるようになり、湖畔に別荘を建てていった。現在でもフランスやベルギーなど4か国の大使館別荘が、湖畔にたたずんでいる。日光での釣りやゴルフを目的にした「東京アングリング・アンド・カントリークラブ」には、国内外のそうそうたるメンバーが名を連ねていた。中禅寺湖周辺はハイクラスな人が集まる華やかなリゾート地として、その地位を確立していった。
しかし、それも第2次世界大戦の影響で、失速してしまう。戦後の観光地としての復活は、昭和29(1954)年のいろは坂有料道路開通など道路網の整備によるところが大きい。風光明媚-ふうこうめいび-かつ手軽にアプローチできる観光地として、現在の姿に至っている。
(社団法人 日光観光協会ホームページより)

画像:中禅寺湖上野島中禅寺湖南岸付近の小さな島、上野島(こうずけじま-)です。上野島付近の水深はそれほどでは無い様で釣りをされていた方がそのまま湖に立っていました。膝上ぐらいという浅さだったの、とてもびっくりしました。ここには開山の祖、勝道上人のお墓があるそうです。社団法人 日光観光協会によると上人のお墓はは他にも二つあるそうで、ここには首の骨が納められていると伝えられているんだそうです。



八丁出島(?)は日光の紅葉のシーンによく使われるそうです。イタリア大使館旧別荘と中禅寺も素敵でした。湖から眺めるだけでしたが、是非、今度、行ってみたいと思いました。


中禅寺湖
〒 321-1661 栃木県日光市中宮祠

社団法人 日光観光協会
住所: 〒321-1404 栃木県日光市御幸町591日光郷土センター内
電話: 0288-54-2496 
FAX:  0288-54-2495
URL: 日光観光協会ホームページ
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